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12月
12

可動フィギュアの可能性

フィギュアを彫塑の一バリエーションとしての鑑賞がメインだったので、実は「可動」というギミックを敬遠していた。
観る側が能動的に働きかけてその「場」自体を作品とする現代芸術を評価するにはまた違う視点が必要になるためだ。

とはいってもフィギュアは商業的には「おもちゃ」なので当然「可動」という要素が出てくるわけだ。ここにきて敬遠してばっかりじゃまずいシリーズがリリースされようとしている。マックスファクトリーの「フィグマ」である。

フィグマの特徴についてはもえそうる.com長門 制服ver.iconの紹介が詳しい。

2008年1月発売の『涼宮ハルヒの戸惑 超限定版』に超勇者ハルヒのフィグマが特典として付くがこれが驚きの出来。
「人形は顔だ」とかひな人形の久月みたいなことを常々いってるがこのマスクの出来を見てみるべし。
長門制服ver.の実売価格が2,000円前後とするならばこのハルヒも単体としたら大同小異になるだろう。この値段でこの出来、文句があるわけがない。

肝心の「可動」だが、実物を見ないとはっきりとは言えないが、流通している写真を見る限りかなりの自由度があるようだ。不自然なポージングをした写真はまだ見ていないが、プロポーションと可動範囲のバランス、間接の動きの妥当性を実際に確かめてみたい。

「飾る」でなく「遊ぶ」。
動かせるということはユーザーの数だけフィギュアが作られるということ。動きがつくということはストーリーが付けられるということ。

まあ、難しいこと考えずに楽しめばいいんだけどね。
ほら『エンジェリックレイヤー』の1巻でいっちゃんさんがいってたとおり、どんなにすごい技術とか使ってあっても楽しめればいいのだ。

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11月
20

原作との違いをどこまで許容すべきか

二次創作物の、原作との違いをどこまで許容すべきか——。

結論から言うとどこまでも許容すべき。「何でもあり」で正しい。

たとえば下の2体の長門のフィギュア。

こちらはアルター版。

こちらはバンダイのメタモフィギュア。

Amazonのレビューなどを見るとメタモフィギュアの評価が低い。
「似ていない」という評価は、原作の長門がとりそうもないポーズだから、というのと、作り込みが甘くて、いとうのいぢのイラストのクォリティーに全然届かないという意味だろう。

一方のアルター版は作りも丁寧、ポージングからくる静かな、しかし愛らしさを十分含んでいるその雰囲気が、見るものの共感を得たのだろう。「これは長門だ」と。

原作への愛情とオマージュを感じる

『こみっくパーティー』のオープニングで主人公が猪名川のパロディー本を見てのモノローグ(いいまわしは違ったかも知れない)。
二次創作物はこれがすべてなのである。

どんな原作でも見る人・読む人によって解釈は変わる。
二次創作物はその人の解釈なのだから、千差万別十人十色なのは当たり前だ。
原作からストレートに伝わってくる、たいていの人が共有しているイメージにそったものの評価が高くなるのは当然だが、「似ていない」という評価で切り捨てるのは自分の解釈を他人に押しつけていることになる。決して褒められたものではない。
自分の解釈と違うものも受け入れられるだけの余裕を持ちたいものである。

ALTER Co.,Ltd
アルターexternal

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6月
22

メタモフィギュア ハルヒ バニーVer.

ラノベの代名詞、涼宮ハルヒ。当然そのフィギュアも多くの種類がある。
でも、みくるちゃんも含めてなんかバニーものが多いのな。

そんなひとつ、メタモフィギュアのバニー@ハルヒ。

バンダイとか大手の玩具メーカーのものは絵師や原型師の名前を出さないし(実際社内デザイナーを使うことも多いのだろう)、こだわりの多いヲの字たちにとって淡白すぎるデザインであったりするのだが。

むう。バンダイ製にしてはできのいいヘッドである。気が強そうでまことにハルヒらしい。
プロポーションも均整が取れているし、プラカードとかの小道具もまあまあ。バニーの真骨頂網タイツもなかなかの出来。

白バニー+生足で二度おいしいメタモフィギュア。
お尻のあたりのしわ、デザインした人のこだわりを感じるが、企画会議で眉をひそめた管理職もいるのではなかろうか。
まあ玩具メーカーの管理職はある程度保守的であってほしいことは確かだし、それもいいよな。

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