原作との違いをどこまで許容すべきか
二次創作物の、原作との違いをどこまで許容すべきか——。
結論から言うとどこまでも許容すべき。「何でもあり」で正しい。
たとえば下の2体の長門のフィギュア。
こちらはアルター版。
こちらはバンダイのメタモフィギュア。
Amazonのレビューなどを見るとメタモフィギュアの評価が低い。
「似ていない」という評価は、原作の長門がとりそうもないポーズだから、というのと、作り込みが甘くて、いとうのいぢのイラストのクォリティーに全然届かないという意味だろう。
一方のアルター版は作りも丁寧、ポージングからくる静かな、しかし愛らしさを十分含んでいるその雰囲気が、見るものの共感を得たのだろう。「これは長門だ」と。
原作への愛情とオマージュを感じる
『こみっくパーティー』のオープニングで主人公が猪名川のパロディー本を見てのモノローグ(いいまわしは違ったかも知れない)。
二次創作物はこれがすべてなのである。
どんな原作でも見る人・読む人によって解釈は変わる。
二次創作物はその人の解釈なのだから、千差万別十人十色なのは当たり前だ。
原作からストレートに伝わってくる、たいていの人が共有しているイメージにそったものの評価が高くなるのは当然だが、「似ていない」という評価で切り捨てるのは自分の解釈を他人に押しつけていることになる。決して褒められたものではない。
自分の解釈と違うものも受け入れられるだけの余裕を持ちたいものである。
Posted in 萌える三次元物体 | No Comments »

























