実はガンダムが苦手だった件
2009年 9月 10日 chrno Posted in 萌える時間平面 | No Comments »
ヲタのくせにガンダム成分が足りねーなあ、と思うことがある。いや、自分のことだが。
ガンダムはファーストとZの第一話しか見ていなかったりする。なかば義務としてファーストは全部見たが、Zは宇宙ステーション内での移動シーンでおお! とは思ったが続けられなかった。以来∀もSEEDも見てない。ヲタク失格! とか言われそうだ。
なんで見なかったのかというと、富野由悠季の説教くささが苦手だったから。
ガンダムにはあまりそういうのが多くないけど、富野の小説を読むと説教くさくて苦手になったのだ。
ガンダムっていうか、サンライズのロボットもの全般にアレルギーに近い拒否反応があった。
それからアムロやカミーユに全然感情移入できなかった&できそうもなかったことも理由のひとつ。
アムロくんにしろカミーユくんにしろ、集団の中での自分の地位向上にばかり一生懸命で(体育会系?)、身近にいるフラウに感謝するとかセイラさんの時折見せる影に思うとかないし、シャアみたいな大局を見た野心とか感情のほつれを自嘲できる余裕とかないし、ブライトさんやリュウのような組織人としての観点もなく自己中だし。成長するとかもあまりなくて、「親にもたたかれたことがない」とかいったときには「いってろバーカ」状態だった。
なんていうか、「渡る世間は鬼ばかり」みたいな居心地の悪さがある。目の前のことばかりに拘泥して、勝手に怒って勝手に納得して、その無限ループ。まあ、人生なんてそんなもんだからホームドラマはそれでいいのかもしれないが、戦争中でおめーは軍人なんだろ? ちょっとはものを考えて行動しろと思う。マルクスでも読んで出直して来い! と。
家庭が破綻していて、自己実現の方向もままならないまま、結局最後までうじうじとヘタレていた碇シンジくんのほうによりシンパシーを感じてしまう。少なくとも周りとの軋轢に悩んでいるあたり、アムロくんとかよりリアルっていうか。
でも、考えてみると、富野と庵野の違いではなくて、見た自分の年齢の違いなのかもしれない。制作された時代の違いかもしれない。
まあ、いい加減アレルギーもなくなってきたし登場人物を冷静に見られるようになったし(笑)、∀あたりから見てみようかと思う。30周年だしな。


















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