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みくみくにされなかった人たち

2007年 12月 22日 chrno Posted in 萌えない無駄話 | No Comments »

「みくみくにしてあげる♪」200万↑再生か。

和田アキ子「理解できません」発言を揶揄してやろうと思ったが、「アッコにおまかせ」とかのトーク/バラエティーのおもしろさが理解できない自分とはお互い様だなと思ってやめた。

「理解できない」で終わるとそのテレビ屋と同じになってしまうし、ネタにもならないので、なんで「理解できない」のか考えてみた。

トーク/バラエティーが「おもしろい」と感じるためには「芸能人」を「特別な人」と認識していることが必要なのではないだろうか。
そのフィルターを外してみると、おばさんの井戸端会議や給湯室でのうわさ話、飲み屋でのばか話となんの違いもないではないか。ゴシップをおもしろがる心理と同じ。
クイズなどの視聴者参加番組も結局は司会の芸能人の視点で番組を見て、参加している一般人より「一段高い」目線で見ているわけだ。彼らが「特別」でなくては番組が成り立たない。

「初音ミク」をおもしろいと感じ、ニコニコ動画にアカウントを持っているような、ある程度ネットワークを使っている人間には「特別な人」フィルターが小さい。芸能人やビッグネームドの有名人以外でも優れた作品やおもしろいものを作り出せることを知っている。一芸に秀でた人物には敬意をはらうが、ブラウン管の向こうにいるだけでは特別とは思えないようになっている。
ある種のマスコミが、自分たちを「特別な人」と思いこみ、あるフレームにはめ込もうという取材なり記事には憐れみを感じる。キミたちは全然「特別」じゃないんだよ、と。

まあ逆に、「特別」フィルターが今でも大きいメインストリームに属さない矜持を「特別」と感じているようならただのマヌケだが。

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